July 25, 2005
「es」
映画「es」を観ました。この映画は、いわゆる監獄実験を題材にしたもの。社会状況や人間関係によって、人間はいったいどう振る舞うのか、っていう、怖くもあり興味深くもある。ストーリーは、心理学の実験のために、新聞広告で集められたバイトが、囚人役と看守役に割り振られて、それぞれの役割を遂行していくお話し。最初は楽観的だったのに、徐々に参加者はエスカレートしていく。いったいなぜ。
この実験は有名だし、アメリカでの話だから、アメリカ映画かと思ってたら、なんとドイツ映画だった。なるほど、最初はおとなしいが、いつのまにかリーダーになっていく看守役の一人は、風貌や髪型なんかがヒトラーぽいような気がする。やはりドイツでは、なぜホロコーストが起こったのかが重大な関心を引きつけるのだろう。
ナチスとのかかわりで、もうひとつよく引き合いに出される実験にミルグラムのアイヒマン実験というのもあって、強制収容所を指揮したアイヒマンの心理を検証できるとされている。この紹介には、ミルグラム『服従の心理学』河出書房、がある。どちらの実験も、人間の個性ではなく、役割が人格を形成していく過程が描かれているが、心理学的というよりも、これを社会学的に検討したのが、ゴフマンだろう。
この実験というか、人間間の相互作用の事例を鋭く観察したゴフマンは、『アサイラム』誠信書房という本を書いていて、そこで施設に収容される人たちが、アイデンティティを剥奪されて、新たな人格を植えつけられる様子を描いている。例えば、囚人たちは監獄に入れられる前に、持ち物すべてを没収されたうえで、素っ裸かにされて身体中の検査と洗浄を受け、新たな持ち物を与えられ、番号が与えられて収容される。この過程は、個人のアイデンティティが剥奪され、べつのアイデンティティが与えられる過程である。映画の中でも、役割の固定と没個性化が強調されていた。ゴフマンの著作は、病院や監獄などでの人権の扱いや知の権力みたいな問題にも示唆を与えてきたが、この事例のような様子が映画の中にもそのまま出てくる。ゴフマンの事例の扱いは、とても印象深かったが、こうしたシーンは他の映画でもたまに見かける。
検索していたら、監獄実験の実験者であるジンバルトのサイトに詳しい紹介があった。
Stanford Prison Experiment
実験の準備や実際の模様、また写真や映像なんかもあって、よく紹介されている。これは翻訳サイトを作ったらいいんじゃないかと思ったら、すでにやっている人がいた。
Stanford Prison Experiment -日本語訳あり
どなたがやっているのかは、わからないけど、これで素早く理解できるはず。
ジンバルトのサイトには、この実験を紹介したビデオとDVDがあった。

100ドルだから、高いけどまあそんなもんだろう。リージョンコード・フリーだったらDVD買ってもイイかなあ。
映画は、どこまで脚色かよくわからなかったが、ほとんどが実際に実験の際に起こったことのようである。主役の囚人役が潜入ルポをしようとしていたことまで、本当みたい。まあ、話を面白くするために、謎の男が正義の味方になったり、女との掛け合いシーンもあるけど。あのお色気シーンは別にいらんと思うけど...全体的には見させるし考えさせてくれる社会派映画として、とてもいいんじゃないかな。教材にも使えます。
July 24, 2005
共働き家族研究所
っていうサイトを発見。
バブルの頃に共働きで子どもなしのDINKSっていうのが流行ったけど、こちらは共稼ぎで子どももあり、という意味を強調。旭化成のヘーベルハウスが開いている。住宅メーカーだから、生活の動向のことなんかも含めて考えてるのねん。売り物が大きい分、実際、すぐに対応するのは大変だし。
企業の方が、こういう分野に熱心になるのは歓迎。あんまり共働きを支援する会社なんかないし。でも調査が古いんだけど、実際にいまも活動してんのかちょっと疑問。
July 23, 2005
もう夏!
うかうかしてたら、もう夏だ。今年は梅雨らしくなってから夏までの間がえらい短かった。家にも初夏のトンボが飛んできたり、クワガタが迷い込んだりするようになった。季節の変わり目には体調が悪くなるけど、夏バテには注意。今日はそこいら中で花火大会だし。
July 18, 2005
ポケットモンスター アドバンスジェネレーション ミュウと波導の勇者 ルカリオ
映画館で映画を観るのは久しぶりだが、年長さんの子どもが観たい観たいと騒ぐので観てきました、ポケットモンスター。
そのときもらったフィギア。
映りわるっ!
内容は、全般的には普通に楽しめる冒険物語。詳細は省略。
ストーリー的には宮崎作品のパクリ多し。サトシの活躍シーンも、コナンみたいにわくわくするようなシ描写とはいいがたい。あとお城と騎士物語がベースになっているので、西洋上流社会がどういうものかを示すような感じになっているが、ポケモンはグローバルなコンテンツなので、この辺りは最初から意図されているのだろうか。でもお城に登場する人物が極端に少なくてお姫様が、どうやって生活しているかは全然分からない。
あと宮崎作品は自然や環境とのかかわりから壮大なスケールを描くが、ポケモンの現実は友情だけに矮小化されている。それは伝説の騎士アーロンの名前にも明示されているのだろう、aloneだよねこれって。アーロンは、その昔、国を背負って一人で戦争を止めさせた死んでいった。けれどもルカリオは、見知った仲間のためにだけ死んでいく。命の樹が崩壊していくのは、多くの多様な命の死のハズなのに、そこは強調されない。ロケット団の行動も含めて、泣かせるシーンなのに、とても小さな身内意識が強調されているようで、ちょっと釈然としない。国家のために命を捧げるのもイヤだけど、あまり理由が判然としないのも変な感じだ。もうちょっとシナリオなんとなかならないのか。アメリカで上映されるときには、せりふが変えられるのではないかと、思ったりもする。
保育園の子どもたちは、テレビでポケモンを観ていて、「パンパンパンパン、ポケモンパン」というCMを知り、ポケモンのパッケージで中にシールが入った普通のパンを買ってと騒ぐ。目当てはもちろんシール。それを友達と交換して遊ぶのだ。皆が知っているものを共有し合って、遊びの題材にするのは当たり前だし、子ども向け番組はそのように使われてきたとは思う。けれども、ポケモンの場合、遊ぶために金銭が介在し、子どもたちにあまり工夫の余地がなく、情報収集だけに終始する。これがとても不快だ。ポケモンの映画も前売りを買えば、ゲームが付いてきたり。まあ、最初がゲームなんだから戦略としては当然だけど。お話しの中でも、モンスターボールはポケモンショップで買わなければいけない設定になっている。で、現実にもポケモングッズは、各地にあるポケモンショップで買う。一度、横浜のポケモンショップに行ったことがあるが、ディス二ーランドの帰りかと思うぐらい、多くの人であふれていた。
でも、いまの子どもたちのキャラクターは、そんなのばかり。ポケモンに始まり、遊戯王、最近ではムシキング。物語作りからではなく、売るモノから始まる。戦隊シリーズや仮面ライダーも、どうやって売るためのキャラクターや小道具を作るかが目的になっているから、ロボットも不格好だし、武器も小出しで、ライダーなんかもいっぱい出てくるし、途中でバージョンアップしたりする。だからよけい、男の子女の子を強調したりするし。
みんなポケモンを真似している、というかビックリマンチョコからかなやっぱり。ビジネス優先だから、その紹介本も多数。『ポケモン・ストーリー』(日経BP社)は角川文庫版もできているし。
こんなことばかりやってると、コンテンツが貧困になるのが目に見えている。新しいコンテンツ系の学校も、デジタル技術かこんなの営業手法をメインに教える。コンテンツは物語と理論からなのに。政府はコンテンツを世界に、とかいっているけどビジネス主導じゃあダメになる。マンガが面白かった時期とは明らかに違う作り手たちの意識が、この分野をダメにするんじゃないかと危惧。
July 13, 2005
国際シンポジウム「百科全書解体」
東大の21世紀COEプログラム「次世代ユビキタス情報社会基盤の形成」などが主催したシンポジウムに行ってきました。

このシンポジウムは、旧社会情報研究所のメンバーが中心で、Theory, Culture, Societyというイギリスの社会学の雑誌と共催ということになっている。題目の百科全書はその雑誌のプロジェクトで進めている話らしい。下にプログラムをあげておく。
午前中は、美馬エンジンというサーチエンジンの紹介と東大で行われているアーカイブプロジェクトの紹介、それにいくつかのコメント。COEでお金使つかわせてもらって成果出してますよっていう紹介っぽかった。全体的には山内祐平がコメントしていた、パッケージでテクスト中心のアーカイブや教材はもう古いよっていうのが的を得ていたように思う。
昼食は、近くのお店を探して健康食屋さんでランチ。1000円は高いよ。
午後は、坂村健の公演から。聞いていて、話の端々から東大の情報学環でも理系と文系がかみ合っていないことがよくわかった。やっぱり理系は技術に楽観的過ぎるし、文系のことを科学と思っていない。こりゃ大変だわ。
その後ようやく、メインのマイク・フェザーストーンやスコット・ラッシュの話だが、私自身はもう時間がなくて途中で退席、残念。プログラム逆にしてくれよと思った。しかも段取り悪いし。
当日の模様
10:40 セッション 「アーカイブ、エンサイクロペディア、新しい人文知」
Archives, Encyclopaedia, and the New Humanities
報告
美馬 秀樹 東京大学大学院工学系研究科 助手
・美馬エンジンと知の構造化プロジェクト
石田 英敬 東京大学大学院情報学環 教授
・メディア分析の智慧の樹プロジェクト
馬場 章 東京大学大学院情報学環 教授
・坪井家資料とデジタル・アーカイブ
吉見 俊哉 東京大学大学院情報学環 教授
・旧新聞研資料と戦争とメディアアーカイブ
討論
Scott Lash ロンドン大学ゴールドスミス校 教授
Mike Featherstone ノッティンガム‐トレント大学 教授
Theory, Culture and Society誌 責任編集者
港 千尋 多摩美術大学 助教授
山内 祐平 東京大学大学院情報学環 助教授
13:40~14:50 休憩
14:50 基調講演
坂村 健 21世紀COEプログラム拠点リーダー、副学環長
15:30 セッション 「民主主義をひらく百科全書とは」
Encyclopaedia for Democracy
報告
Mike Featherstone ノッティンガム‐トレント大学 教授
・新しい百科全書事業とグローバルな知識の問題化
Scott Lash ロンドン大学ゴールドスミス校 教授
・デジタルメディア社会の情報実践と新しい百科全書
Couze Venn ノッティンガム‐トレント大学 教授
・百科全書と知識の脱植民地化戦略
(*都合によりCouze Venn氏の来日が中止されました。予定されていたVenn氏の報告内容は代読される予定です。)
討論
花田 達朗 東京大学大学院情報学環 学環長
龍澤 武 平凡社 顧問
柳 与志夫 千代田図書館 館長
石田 英敬 東京大学大学院情報学環 教授
北田 暁大 東京大学大学院情報学環 助教授
July 08, 2005
紫陽花と蛙
梅雨なのに、中国地方はずっとカラカラっで、いきなり夏かと思った。けど先週あたりからやっと雨が降り始めた。と思ったら、どしゃ降りで、全国ニュースにもなっているほどらしい(見てないし)。
しょっちゅう関東に行っている身としては、関東地方が例年とあまり変わらないから、そう気にはしてなかったけど、こちらでは雨が降り始めてから、小さな雨蛙がいっぱい出現し始めた。去年なんかは、ブロックの上にずらっと並んでたりしたから、今年はまだおとなしいかも。でもやっと梅雨らしくなって、なんとなく満足。
今年は庭に紫陽花も咲いて、蛙もご機嫌。
July 03, 2005
「pathーインスタレーティブ・コンサート」内橋和久+UA
一風変わったコンサートを山口情報芸術センターで観た。夜の公演と昼の公演があったんだけど、昼の公演のほうに参加。下はポスター。内橋和久はギタリストでいいのかな、UAは歌手だけど、最近はNHKの子供番組の方が有名かも。
山口情報芸術センターは、できたときはもめていたけど、結構がんばっている施設で、いろいろと実験的なことをやっている。「path」というのも、音楽のコンサートなんだけど、音と照明と映像とをコンピュータで組み合わせて、即興の音楽からいろいろと空間が変化していくというもの。

詳しい内容や設営の様子などは専用サイトに紹介されている。いわゆるマルチメディア・アートのひとつだよね、こういうのって。
コンサートにはいったけど、専用サイトに載っているようなことはあまり気にしていなかった。主催側も、もうちょっと観客に参加度を高めるようなことをしたほうがいいのではと思う。コンサート自体は、特定の音楽を聴くといったものではなくて、その場で即興で演じられるといった感じで、オールスタンディングだったし、観客もかなりあいまい。どうしていいかわからない様子だった。皆が知っている曲で盛り上がるわけでもないし、客でまんぱんで動けないわけでもないから、少しだけあったいすに座って優雅にしている人、真ん中のステージに集まっている人、ステージからかなり遠巻きに座っている人、なかには完全に横になって寝ている人までいた。自分はといえば、しばらく立って聞いていたけど、場内をけっこう動き回って見た感じ。夜の公演にもいった人の話では、前日はそんなバラバラでもなかったらしいから、2回とも参加した人が結構いたのだろう。会場に比べて客の数がまばらだから、こんなことができる。
コンサートは成功だったんだろうか、よくわからない。インタラクティブ・アートは、面白いと思えるものは少ないが、今回のもその面では同じ気がした。音で映像や照明が変化するとはいっても、そんなのはコンピュータを用いたアートが出現した始めた時点で、よくあるものだから目新しさはないし、ライブだから劇的にそれが変化するわけでもなく、会場自体はお上品な変化しかしなかった。しかもインタラクティブな側面に観客が参加できたわけでもないので、面白くはないわな。参加しているわけではなくて、表現されたモノを受け入れるだけだし。この分野での、アート先行型アートはほぼダメだ。
でもUAは、イメージよりも正直かわいい印象だった。普通のコンサートよりも至近距離だから、すぐそこだったんだけど、根っころがって声出しているときなんか足の指もながかったな。



