第7回 市場メカニズムの効率性と限界
はじめに
今回は完全競争市場においては、価格の需給調整メカニズムが最も効率的な生産を可能にすることを述べる。しかし、完全競争条件が満たされず、自由な市場取引だけに任せれば、市場が失敗する場合もある。この点についても言及する。
1. 完全競争市場の定義
完全競争市場は、@経済主体の多数性、A財の同質性、B情報の完全性、C企業の参入・退出の自由性という4つの条件を満たす。
市場に多数の売り手と買い手が存在するという条件@と、財が同質で価格情報などが完全に知れ渡っている条件(A、B)下では、一企業のみが他よりも高い価格を付ければ、その企業の財はまったく売れなくなる。そこで企業は市場で決定された価格を与えられたものとして、つまりプライス・テイカ−として行動すれば、利潤の最大化をもたらす生産量を決定できる。これは売り手が多数おり、一企業の供給量は市場規模からすれば微少で価格などに影響を与えないからである。よって、一企業としては現行の価格より安く売る必要もない。これは図表に描かれたように、ある財に対する市場全体の需要曲線が右下がりであっても、一企業に対する需要曲線は水平になることを示している。
2. 価格メカニズムの効率性
図表には、ある財に対する完全競争市場の需要と供給が描かれている。小文字の
の右上がりの曲線は、前回述べた企業1の財の供給曲線で、それは限界費用曲線になっているので、価格が
であるとき、最大の利潤が得られる最適生産量は
となる。図に示した
は企業2の供給曲線で、この場合の最適生産量は
である。このような個々の企業の供給曲線を合計したものを産業の供給曲線あるいは市場の供給曲線いう。図では大文字のSで表されている。他方個々の家計の需要曲線を合計した右下がりの曲線は市場の需要曲線と呼ばれ、大文字のDで表されている。
このSとDの下で、価格の需給調整メカニズムを見ておこう。いま価格が図表に示されたように
であったとする。このとき消費者の望む需要量は
で、企業の望む供給量は
であるので市場には超過供給が発生する。完全競争下では、これが価格低下を引き起こし、最終的には需給が均衡する
に価格が決定される。
今度は
の価格からスタ−トしよう。この場合の需要量と供給量は
と
であり、市場には超過需要が発生するので、価格メカニズムによって、
まで価格が上昇する。結局どのような価格からスタ−トしても需給均衡点
が得られるので、実際の供給量は
に決定される。このとき、市場にm個の企業が存在しているとすれば、この
は個々の企業の最適生産量
の合計になっていることはいうまでもない。
この
点は、短期の市場均衡(産業均衡)と呼ばれるが、その均衡点の経済的効率性を示しておこう。政府が生産者保護政策として価格を
に固定すれば、企業は
の供給量では生産過剰になるので、需要量
に見合うようにように数量調整を行うだろう。今度は消費者保護政策として、
のような低価格維持政策をとれば、短期的には
しか実際には供給されない。いずれにしても政策によって、価格が固定される場合には、実際の供給量は、均衡点
の
よりも小さくなることがわかる。これは自由な市場メカニズムに任せた方が、高い経済的効率性をもたらすことを示している。
[図表] 完全競争市場

3.長期均衡の効率性
ここでは多数の企業が潜在し、市場への参入と退出は自由であるという条件Cを加えて、長期の市場均衡の効率性を明らかにしよう。図表の供給曲線
と
では、前号で示した操業停止点と損益分岐点が、それぞれ
と
で表されている。これより価格
の下では、企業2は利潤がゼロだが、企業1は利潤がプラスであることがわかる。これは企業1の方が生産性のよい設備を持っていることを意味している。
問題1:完全競争下では、最も生産性の高い企業の損益分岐点まで価格
が低下することを説明せよ。
解説:図表において、
と同様な供給曲線を持った企業が一番生産性が高いとしよう。均衡価格が
のとき、企業1は利潤がプラスであるので、もっと儲けようとして、いまと同じ設備を追加すれば、
と同じ供給曲線が追加されることになり、市場全体の供給量が増える。これは現在の市場の供給曲線Sを右方シフトさせる。また企業1と同程度の生産性のよい設備を持っている企業が新しく現れ、この市場に参入した場合も同じことがいえる。このような供給曲線Sの右方シフトは、価格を
以下に低下させるが、それが企業1の損益分岐点
以上であれば、利潤はプラスであるので、更なる利潤の追求を目指して、設備の拡張や企業1と同程度の企業が次々に市場に参入してくる。これによって供給曲線Sはますます右方シフトするが、
で止まる。それは均衡価格
が
まで低下すれば、
の価格は企業1の損益分岐点
に一致し、利潤がゼロとなってしまうため、最も生産性の高い企業の参入もそこで止まるからである。(終)
このように企業の参入・退出の自由性Cを前提とする長期の完全競争市場では、価格は
まで下がるので、
のような生産性の低い供給曲線を持つ企業は、
が操業停止点
を下回ることになるので、生産は採算が合わず、市場から退出させられることになる。そこで、このような企業の倒産を防ぐために、価格を
に維持する為の参入規制政策を行えば、均衡点
は維持されるので、市場全体の生産量も
で止まることになる。
しかし、規制をせず自由参入を認めれば、生産性の低い企業は退出させられ、企業1のような最も生産性の高い企業だけが市場に参入し、生産量はその市場が供給できる最大量
になる。よって、
点は長期の市場均衡(産業均衡)が効率的であることを示している。
<留意点>損益分岐点bは、平均総費用(ATC)最小点である(前回の図表4参照)。価格pがその点bに一致するとき、利潤はゼロであるが、経済学は機会費用であるので、その点でも会計上の利潤は得られている。
4.市場の失敗
政府が価格や参入等の規制を行わず、自由競争による市場の価格メカニズムを促進させれば、経済の効率性が高められることが明らかにされた。しかし現実の市場には完全競争条件が満たされず、市場の効率性が得られない場合が多々ある。このような状況を市場の失敗というが、その場合には、政府介入も必要となる。
市場の失敗の代表的な例を以下にあげておこう。
(1) 自然独占
巨額の固定費が必要な産業では、同一地域で個々の企業が別々に巨大な設備をもつのでは、採算がとれない。そこで合併などによって、規模の利益を得ようとして自然に地域独占状態になる。この場合には、完全競争条件@が満たされず、独占の弊害が生じるので、政府の介入が必要となる。この点は次回説明する。
(2)情報の非対称性
これは次の節で述べるが、完全競争条件AとBを満たさない問題である。
ところで、市場経済はそこでの取引を通して、財・サ−ビスの私的所有権(お金を出せば自分だけのものにできる権利)が獲得できることを前提にしているが、それが満たされない場合に発生する問題がある。
(3)公共財
通常はある一つの財・サ−ビスは、一人が消費すれば、他の人は消費できないという「排除性」がある。しかし、そのような私的所有権を確立できない財がある。そのような財を公共財というが、この財を民間供給に任せれば、フリ−ライダ−問題が生じることになる。公共財の一例として消防サ−ビスがある。山火事があり、ある家がお金を出して民間消防サ−ビスを依頼した場合、隣の家はそれを出さず、「ただ乗りできるという不公平問題」が生じる。よって、このようなサ−ビスは政府が行うことが望ましいということになる。
(4)外部性
ある経済活動が、市場取引を通さずに経済主体に影響を与えることを外部性あるいは外部効果という。それが悪影響であるとき、外部不経済というが、このときは政府の介入による解決が必要になる場合がある。
外部不経済の代表例として公害がある。自由放任の市場経済の下では、企業の生産活動から公害が発生したとしても、それが放置されるという問題が生じる。そこで、政府がその発生を規制すれば、企業はそれを発生させないような技術を開発する。そのコストは財の価格に転化されるので、市場取引を通して、財の購入金額、つまり私的所有権獲得のための負担額の中に組み込まれることになる。多数の国民が、その公害を被り、そのコストを負担しなければならないのであれば、それを政府の補助金で賄うという方法もある。
このように外部性の問題は政府の介入が重要となるが、公害の当事者同士が話し合いによって私的に解決できる面もあることは周知の通りである。
5. 情報の非対称性
情報の非対称性とは「ある商品の質的情報に対して、買い手と売り手の間に情報格差が存在する」ということである。この情報格差より忌々しき問題が発生する。
例えば、中古自動車には品質のばらつきがある。売り手はその品質をよく知っているが、買い手はそれをよく知らないという情報の非対称性が存在する。
この場合価格の高い中古車が、欠陥の少ないよい車と買い手は考えるであろうか? 米国では、いんちきな中古車を「レモンカー」という。中が腐っていてもレモンは外側がきれいに見えるところからきている。レモンカーが存在することが判れば、消費者は高い値段の中古車を買わなくなり、欠陥を覚悟して安い中古車を買うようになるだろう。すると上等な客や欠陥の少ない中古車は市場から遠のき、市場の相場は低下し、上等でない客や車が中古車市場を支配するようになる。つまり市場の仕組みが、良いものでなく悪いものを選択させることになる。これは逆選択の問題と呼ばれ、「不良品横行の原理」とも言われている。
このような場合には売り手自らが、その商品の品質を保証する必要があるが、さもなければ、公的機関がその品質を検査し、その情報を消費者に提供することが重要となる。公的機関による各種資格試験などは、まさにこれに相当するものである。
問題2:日本の銀行は、長い付き合いをしていない企業には貸し出しを渋る傾向がある。これを単なる日本的習慣と片付けず、その合理性を説明せよ。
解説:資金の借り手である企業は自らのことはよく知っているが、貸し手である銀行は企業の真の財務体質等をよく知らない。このような情報の非対称性があるので、日本の銀行は企業との長い付き合いによって、真の情報を得ようとするのである。(企業診断6月号より)