8 不完全市場と組織

 

はじめに

 前回は完全競争市場が効率的な生産をもたらすことを示したが、現実には完全競争条件が満たされない場合が多い。そのような市場は不完全市場といわれ、それには「競争の不完全性」と「情報の不完全性」がある。前者の例は独占や寡占市場などがある。後者は、それを克服するために企業は組織化を図ろうとする。このような場合には、競争を促す政策が重要となる。

 

1. 独占企業と公的管理

 電力や水道などは大規模な設備を設置する必要があり、それらの設備を個々の企業が同一地域で別々にもつのでは採算がとれない。このような産業を民間に任せておけば、合併などによって、設備を共有し規模の利益を得ようとして自然に地域独占状態になる。独占は市場の効率性を阻害しするので、政府の役割が重要となる。この点を以下で述べよう。

 図表1に独占企業の財の供給行動が示されている。利潤を追求する企業の利潤最大化条件は、第6(5月号)(5)式のところで明らかにしたように、

(1) 限界収入(MR)=限界費用(MC)

となる。そこで独占企業の限界収入を求めることにしよう。収入はいうまでもなく、

(2) 収入(R)=価格(P)×数量(Q)

である。企業が販売数量Qを一単位だけ増加(ΔQ)させれば、収入の増加(ΔR)は、価格Pが固定されていれば、

(3) ΔRPΔQ

と表される。このΔRをΔQで割ったものが限界収入(MR=ΔR/ΔQ)であるので、上式は完全競争企業の最適化条件[6回の(6)]を示している。しかし、独占企業は価格Pを自ら決めることが出来るので、(3)式に加えて、数量Qを固定しながら価格をΔPだけ引き上げても収入の増加(ΔR)が得られる。こちらの場合は、

 (4)  ΔRQΔP

と示される。したがって独占企業の限界収入(MR=ΔR/ΔQ)は、これら両者を合計したものになるので、(3)(4)式より、以下のように表される。

 (5) 

いま独占企業の直面している市場の需要曲線Dが図表1に描かれたような右下がりの直線で、その傾き(ΔP/ΔQ)が−1であるとすれば、Qの増加につれてPは減少するので、(5)式よりMRP以下に低下する。それが図に描かれたMR線である。なお、Q/P1なる点でMRはゼロになり、その点より右側ではQ/P1となるのでMRはマイナスになることがわかる。

[図表1]独占市場

   

他方限界費用は完全競争企業のMC曲線と本質的には同じであるが、始めに述べたように規模の利益が働いているので、図表1に描かれた限界費用MCは逓増する前の段階で逓減している。したがって、平均総費用曲線ATCMC曲線の上側に描かれている。

このMC曲線とMR線の交点aは利潤最大化条件(1)を示しているので、独占企業は価格と供給量をその点に対応するに決めることになる。これがもし完全競争市場であれば、MC曲線は産業の供給曲線になるので、市場の需要曲線DMC曲線の交点eに対応するところに価格と数量が決定される(前回図表1参照)。これと比較すれば、独占市場は価格が非常に高く供給量は少ないことが分かる。そこで、このような独占の非効率性の弊害を排除するために政府は、このような産業をどのように規制すべきであろうか。

一つの方法は、このような企業を公的管理下に置き、完全競争市場価格と同じになるように規制することである。これを限界費用価格形成原理という。ただし、この場合は図表1から分かるようにのところでは、平均総費用ATCが限界費用価格を上回っているので企業は赤字になる。よってその分を政府が税金で負担しなければならない。

そうであればもう一つの方法として、平均総費用曲線ATCと市場の需要曲線Dの交点cに対応する価格になるように規制することである。これは平均費用価格形成原理と呼ばれている。

いずれにしてもガスや水道など公益事業の価格をこのような原理で規制すれば効率性が得られることになる。しかし、現実には市場の競争がないので、企業内競争を促すための監視体制が重要となる。これがなければ、いつしか費用が上がり価格が上がる傾向がある。このような無駄はX非効率性と呼ばれている。

 

2. 製品差別化と独占的競争

完全競争市場では、個々の企業の需要曲線は水平になることを前回述べたが、その主因は同種の商品は品質が同じであるという完全競争条件Aにあった。しかし、その条件を外し、同じ種類の製品でも品質が異なるとすれば、そのような商品は多少値上げをしてもまったく売れなくなってしまうことはない。また値下げをすれば需要は増加するだろうが、同種の他製品の需要をすべて奪ってしまうことはないだろう。したがって、品質やデザインなどが差別化された製品の個々の需要曲線は独自の傾きをもった右下がりの曲線になる。

その結果、製品が差別化された企業の商品の価格付けは、図表1の独占企業の場合と同様になる。つまり、この場合企業はプライス・メイカ−になれるのである。このような理由により、企業が自らの製品が他の同種のものと異なるように商品開発に努力を注ぐことになる。ただし、独占企業と異なるのは、この場合は他にライバル企業が多数存在するという完全競争条件@やCがあるとするので、このような市場を独占的競争という。このために図表1の結果と多少異なる点がある。

いま紙面の節約のために、製品が差別化されたA企業の需要曲線と限界費用曲線が図表1のような曲線であるとすれば、利潤最大化点はaで、価格と数量はになる。よって、この場合の単位あたりの利潤はb点とf点の差に表れる。このような利潤があれば、その利潤を求めて他の企業が参入してくるだろうから、市場全体の供給量は増加する。その結果、A企業の需要は多少奪われることになる。これは図1A企業の需要曲線を下方シフトさせる。市場への参入が自由であれば、利潤が存在する間は、このような下方シフトは続くことになるので、g点が長期均衡点になる。平均総費用曲線上のg点に接する点まで需要曲線が下方シフトしたとき、企業の利潤が消滅するからである。

このように独占的競争市場では、ライバル企業の参入によって需要曲線が下方シフトさせられ利潤を奪われること、また品質等の差を消費者に知ってもらわなければ独自の需要曲線を確立できないこと、さらには企業は品質を知っているが、消費者には良く分からないという情報の非対称性が存在する場合もあるので、他の製品とは異なるようなイメ−ジを与えるための虚実入り乱れた激しい宣伝合戦が繰り広げられることになる。したがって、このような市場では、政府による誇大広告の規制が必要となる。

 

3.寡占企業と協調行動

 企業の数が少ない寡占市場では、ある企業の行動が他企業の商品の価格や供給量に影響を与えることになる。したがって、寡占企業の行動は相手企業の行動を考慮し戦略的になる。その代表的なものが価格戦略数量戦略である。前者は相手の価格付けに反応して、自己に有利な価格を付けて行こうとする戦略行動である。後者は相手の供給量をうかがいながら、自己に有利な供給量を決めて行こうという戦略である。

 このような寡占行動の理論の紹介は、紙面の制約で本誌の10月号に紹介した参考書等に譲るが、その結論をいえば、寡占企業にとっては価格競争よりも数量競争のほうが互いにより大きな利益を得るということである。したがって、寡占市場の一つの特徴は価格が硬直的なことである。実際の調査によれば、寡占価格はフル・コスト原則が一般的であるといわれている。これは製品一単位当たりの利潤(マ−ジン)を平均費用のm倍と定めるという目標で価格付けを行う、つまり、

(6) 価格=平均費用+マ−ジン=(1+m)×平均費用

という方式である。割増率(mark-up rate)と呼ばれているmの大きさは、市場の需要状況やライバル企業の状況で定まることはいうまでもない。

ところで、寡占企業にしばしば見うけられる他の行動は企業の結託である。これは企業の数が少ないので、企業がカルテルを形成し、独占企業のように行動すれば、市場全体として大きな独占利潤を得るからである。そして、この独占利潤を企業同士が競争をする場合よりも有利に分け合うという談合がもたれるのである。

ところで、製品差別化された個々の企業がフル・コスト原則で価格付けをすれば、価格が異なる可能性があるが、寡占市場の価格は同じか類似している。それは一つには、ある有力企業が価格付けを行えば、他の企業はそれに追随するからである。寡占市場には、このようなプライスリ−ダ−が存在することがあるが、その価格を話し合いで行えば、それはいうまでもなくカルテル行為である。寡占市場にはこのようなカルテル行為が発生しやすいので、適正な競争を促すような政府の政策と監視が重要となる。

 

4.取引費用と組織化

不完全市場は競争が不完全な場合と情報が不完全な場合がある。ここでは自動車市場を例に取り上げて、後者の場合を説明しよう。自動車の生産には多くの部品が必要であるので、日本の自動車の組立メ−カ−は、個々の部品会社からそれを調達している。しかし、米国の自動車メ−カ−は主に部品生産を企業内部に取り込み、組立と部品生産を組織化している。この違いは市場の取引費用の大きさであると、91年にノ−ベル賞を受けたR.コ−スは看破した。

完全競争条件の財の同質性Aと情報の完全性Bが満たされない現実の市場で取引をする場合、購入したいものがどこでいくらの値段で売っているのか、その品質はどうかを調べ、それを売っている所まで出かけるか、配達してもらわなければならない。このような購入に伴う価格以外の実際に要する金額や時間や不便さの程度は、情報の不完全な市場を利用するときの取引費用と呼ばれている。自動車メ−カ−とって、この費用が大きく、部品生産を自社で行うほうがその費用を節約できると判断されれば、それはメ−カ−内部に統合されることになる。

統合された場合、取引費用は節約できるが、統合化による費用が問題になる場合がある。その一つは、部品生産のための設備や常用雇用者が必要になるので、固定費用が大きくなることである。これは製品需要の変動に合わせて費用を容易に変化させられなくなるので、利潤の変動を大きくする。昨今の大企業のいわゆるリストラは、長期にわたる需要の大きな落ち込みに耐え切れなくての固定費用の削減であるといえよう。

もう一つの問題点は、単に組織化すればよいわけではなく、そこに組織内競争原理が働かなければならないことである(次節参照)。そうでなければ、生産効率が落ち費用が上昇するので、市場取引に任せたほうが良いことになる。これは「組織の失敗」である。

 

(問題)日本の系列取引は形式上は市場取引であるが、特定企業との取引慣行が特徴である。この日本的経営の経済合理性を述べよ。

(解説)これは前回の問題2と類似している。部品会社は自己の製品の品質については良く知っているが、自動車メ−カ−はそれが良く分からないという情報の非対称性がある。日本のメ−カ−は自社に必要な独自の部品を特定の部品会社から購入するという長期的取引をすることによって、その品質などの情報を得ようとする。これによって取引費用の節約を図り、組織化の失敗を避けようとしているのである。

<留意点>最近この系列が崩れようとしているのは、自動車部品の標準化と明白な品質の向上が、取引費用を低下させていると説明されよう。

 

5.プリンシパル・エ−ジェント問題

完全競争市場では、企業はあたかも一人が経営上の意思決定をし、それを実行しているかのように取り扱われている。しかし、企業が組織化されれば、経営上の意思決定者と、それを実行する人が異なることになる。このような状況下では、依頼人(principal)がその代理人(agent)をどのようにコントロ−ルすればよいかというプリンシパル・エ−ジェント問題が起こる。

依頼人の目的を代理人に行わせるとき、次のような問題点がある。

@依頼人は代理人の行動(努力)が観察できないが、

その成果は観察できる。

A成果は努力のみでなく、外的要因にも依存する。

B外的要因は不確定要素で依頼人にはわからない。

このような不完全情報下で、長期雇用された労働者とどのような賃金契約を結べば、労働者は経営者の意向に沿った働きをするのかをここでは考えてみよう。

いま労働者が1年間生産に従事した成果は、

成果=生産額−固定費用

と観察され、この成果の全てを年収とするという出来高払いを想定しよう。これは図表245度線で示されるが、45度線に沿って年収が上下するのは、努力と不確定要素の結果である。

この変動する年収の平均値が、図2であるとき、この平均値と始めからに固定されている年収のどちらを労働者は好むであろうか。一般的に、

C代理人はリスク回避的行動をとる

ので、労働者は固定給のほうを選ぶであろう。

[図表2]報酬体系

     

 そこで、次に労働者がという固定給を要求した場合を考えてみよう。であるので、成果が以上になれば、経営者はプラスの利潤が得られる。例えば、での利潤はである。しかし以下であれば、利潤はマイナスになる。ではである。この場合は、経営者のほうが利潤の変動を被るが、その平均値がゼロであれば、その点はである。この平均値ゼロと始めから利潤がゼロと固定されていた場合、経営者はどちらを好むかといえば、一般的に、

D依頼人はリスク中立的行動をとる

ので、どちらでもよいことになる。かくして、労働者の固定給の要求は成立することになる。

ただし、これは労働者が高いモラルを持っているか、あるいは経営者がそれをきちんと監視できているという前提で成り立つことに留意されたい。つまり、長期雇用で固定給が約束された労働者が努力を怠るというモラル・ハザ−ドが起これば、X非効率が発生するので、完全な固定給制度は成立しないことになる。そればかりか、このような場合には努力する者としない者が同じ固定給をもらうことになるので、努力する労働者がその組織から逃げ出し、生産性の低い労働者のみが残るという逆選択の問題が起き、組織の失敗を招くことにもなりかねない。これは昨今のリストラで希望退職者に応じる労働者に見られるかも知れない。

これを避けるために、一部に競争原理を持ち込んだ、

E報酬=最低固定給+出来高払い

なる賃金制度が成立することになる。これが図のW線である。終身雇用で年功序列賃金体系を特徴とする日本的経営でも、年収の中のボ−ナス部分が出来高払いであればEに相当することになる。しかし、公務員系の賃金体系はその部分も固定されているので、監視の目がなければ、モラル・ハザ−ドが起こりやすい。

最後に、この制度は経営者と労働者が互いにリスクをシェアするという点で合意が成り立っていることを示しておこう。例えば、当初予定していたよりに成果が落ちた場合、労働者にモラル・ハザ−ドを起こさせないために、より減給はするが、成果の低下の全てが労働者の所為であるか否かは経営者には分からないので、からまで減給するのではなく、その一部分で済むようにで止める。この場合、経営者側もだけの利潤の減少を受け入れることになる。反対により増加する場合は、読者自らが考えられたい。

(「企業診断」20017月号より)

 

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