動物たちが我々人間と同じ味覚を持っていないであろうことは、昔から想像はついていた。苦い草ばかりを食べるシマウマや肉しか食べないライオンなどの存在は、動物種によって好みの味があることを示唆しているからだ。考えてみれば、松阪牛の牛舎では、なぜ共食いをしないのであろうか。人間が大枚をはたいてまで買い求める“松阪牛の牛肉”が、ある意味食べ放題の環境なのに。そこで、動物によって受容できる味物質に差があるからであると考えれば、容易に答えにたどり着くことができる。
近年、分子生物学の発達により、様々な動物たちの味覚受容体遺伝子の解析が進んだ。それによると、上述のネコが甘味を受容しないことに加えて、海生動物の多くはほとんどの味物質を受容できないこと、トリは甘味を受容しないことなど、予想通りの結果が得られつつある。
動物分子生物学研究室では、動物園・水族館との共同研究により、イルカ・クジラなどの鯨偶蹄目、アシカ、アザラシなどの鰭脚目などが多くの味覚受容体の機能を失っていることを明らかにするとともに、同じ海棲哺乳類でもラッコだけは機能的な味覚受容体を保持していることを明らかにした。
これらの知見をもとにして、動物たちの食行動を分子レベルで明らかにするとともに、味を感じていないのも係わらず、特定の獲物を捕獲する海棲哺乳類の摂食行動の謎を解明するため、分子生物学・細胞生物学・動物行動学的手法を用いて研究を行っている。
(理工学部理工学科生命科学コース・動物分子生物学研究室・海老原充)